THE WORLD IS NAKED

幻想を捨て いつもの眼 喧騒を抜け 感情を乗せる

2009-03

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ビリー



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かっこいいぜ

かっこよすぎるぜビリー



知らん人やけど


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現像はしてたのよ(やっと取込んだ)




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カッコええやんけ!

と撮った俺が言う



   

生パン粉




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タクシーに乗ったら座席に大量の生パン粉(2袋相当)

  

The Shock of The Lightning




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同僚が続々と順々に風邪でダウン

明日はどっちだ?!

   

安安めぐみ安めぐみ




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いい写真だよなあ

俺、自分の写真DIE好き



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朋有り遠方より来たる、亦た楽しからずや


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TOKIOから友人・マイ・ラブがキャワイイ連れを伴ってやってきました。

むっちゃ笑ってむっちゃ遊んだ。楽しかった!


自分が作ったもので喜んでもらえるってのは何よりの幸せだなあ。


     

あめんぼあかいなあいうえお



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そういえば最近ヒトを撮ってないな



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ネコは大漁だぜ!

・・・だれかモデルやってくらさい


     

SHOWER YOUR LOVE




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生きている限り

この世に生きた証を残したいと考えるのだと思う。

それは、

子供だったり 形にならないものだったり

それが社会的に認められないものだったりすると犯罪になったりするのだけれど

自分の場合(今の所)写真なわけで、

出来るだけ多くの、そしてでっかく名を残したい。

なので最近色々画策中なのです。





蛇足

そういう気持ちで写真を撮るといやらしくなっちゃうからそのような考えは良くない、

とか言うジジイみたいなバカは黙っとけ


     

湾岸ハイウェイブルース



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最近よほど仕事が遅くなったりしない限り

1日1本撮ってる

使える使えないはともかくも

とにかくシャッターは切る

楽しゅうござんす



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ペッパー警部



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さー 明日は俺の御生誕記念日だ!

もちろん仕事。他の予定なし。


        

『光と影』復刊ですって!



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セブン アンド ワイより


光と影 新装版

著者:森山大道
出版社:講談社
発売予定日:2009年04月14日
著者が完全復帰を遂げたのが1982年発表の『光と影』(冬樹社刊)。
それだけに著者の思い入れも深いこの写真集を今回は四半世紀ぶりに新装・復刊致します。




うーん、これは買うな。
最近の森山よりもこの頃の方が好きだしな。
つーか安!


 

catsteps



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蒼き旅烏



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仕事で2000枚近くシャッター切ってヘトヘトになってるのに

GR持って仕事帰りに嬉嬉としてシャッターを切ってる

なにやってんだ俺


でもそんな自分も嫌いじゃない


 

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杉野!杉野はいずこ



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と俺との違いとは

・写真の腕
・センス
・若さ
・モテ度合い
・まぬけ時空発生装置が俺のカメラについている


さーどれだ! 



全部か?


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田園に死す




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バーカ バーカ (世の中に噛みついてみた)


      

高い城



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-ヒトの記憶というものは本に挟まれたしおりだ。

本に書かれた膨大な文章が個の経験したことの羅列だとしたら、
記憶に足る出来事に出会った時にヒトはしおりを挟んで行く。
挟まれなかった頁の文章は、読み進める毎に、読んだ量が増える程に
忘れ去られ、なかったものにされる。

そして忘れたものどもを思い出そうとする時、実際に起こった事例と違ったりする事が良くある。
そんな時、ヒトは自分の記憶力の悪さに原因を求めるのが普通だ。
全然憶えてなかったり思い違いをする、つまり読んだはずの文章が無かったり変わっていたりする。
実はそれは「ゴムザザムンガワン」という虫の仕業なのである。

このゴムザザムンガワン、なにげなく毎日を送っている私たちの記憶の本に棲み、
その文章、文字を餌に生きているのだ。
それらを好き勝手に切り抜いて食べてしまったり、全然違う所に貼ったりする。
つまり彼らが食事をすると私たちの記憶が変わっていくのだ。

実際の本に潜む「紙魚」と似ているというのもあながち乱暴な喩えでもあるまい。
ゴムザザムンガワンを防ぐには紙魚を退治するのと同じようにすれば良い。
記憶の風通しを良くしてやる、記憶を思おい返してしおりを増やすのだ。
そうしてやればあのにっくきゴムザザムンガワンを根絶やしに出来るのだ。
そうすればあんな失敗をしなくて済むのだ。去って行った彼女もきっとわかってくれる。
俺を馘にした社長もゴムザザムンガワンにやられているに違いない。きっとそうだ。
街で俺を笑う奴もゴムザザムンガワンに俺の顔に記憶を入れ替えられたんだ。
全てを思い出してやる。なにもかも正しい記憶に訂正してやればいい。

・・・でも、ゴムザザムンガワンのことを考えている俺のこの記憶はいったいどこまで正しいのだろうか?


珍しく寝覚めの良い木曜日の朝




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猫にあご噛まれて血が出た



ああ わたしの未来はあなたと同じ



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さいきん歌謡曲ばかりでロックなんてぜんぜん聴いてない私です

たった今は岩崎(益田)宏美を聴いていますが、

いやァ上手い 子供の頃は只流れているのが耳に入って来てただけだったけど

ちゃんと聴くとびっくりするぐらい上手い

ていうか最近のいわゆる売れてる人たちは何言ってるかがわかんないから

歌詞がどうとか以前の問題だと思う


(いまさらいうまでもないが)阿久悠スゲーぜ 

思秋期とか切なくてたまんねえったらありゃしないぜ!


 

子供たちどうも



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気付いたらけっこうお子たちを撮っている

擦れたおとなより予想外で面白いのだろうか


       

待ち合わせはシーガルスクリーミングキスハーキスハーの前で



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恋は三角木馬の上でとも言いますね え?言わない?

今週末に迫ってる写真展のプリントを頼んでる写真屋に受け取りに行ったら
機械が壊れてて1枚も出来てなかった。
仕上がりが間に合うかわかんねEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!
    
まあ何があってもまにあわせてもらうけどな


     

ママゴトのなれの果て



どうで死ぬ身の一踊り/西村賢太』を読了する。


名古屋にしては広めな書店で何となく手にとってパラパラと頁を捲り、帯文を読んで
なにぶん半ばヤケクソ気味であったこともあり(どうしてだかは既に忘れた)、
他の何冊かと一緒に購入した。
その、他に買ったものから読み始めて行き、この本が最後に残ったのだか
理由はといえば気分じゃなかったというほか無く眠らせていただけで
そのヤケクソがまた首をもたげてきたからだけではないが一昨日にやっと手に取った。


今の自分は家でゆっくり本を読むことをあまりしなくなり、
もっぱら通勤電車のなかでのみの読書である。
活字中毒活字中毒と己を指して言う人も多いが、自分はただの本好き程度なのだろう。
読まないときはそれこそひらがなを忘れるほどに全く本を手にしなくなることも珍しくなく、
それでもいつも通りではないと落ち着かないからとの理由で鞄には本は入っているが
文庫の角が折れてへたれているのに気付かないほどそのままの事もある。
いっぱしの読書家ならその内容によって本を選び買うのが当然なのだろうが、
私の場合、初版と見れば持っているものでも買い、「美本函入り」という言葉に心躍らせる。
見知らぬ古書店があれば連れがいようがかまわず入っていきたがる、
真の本好き(そんなものがいればの話だが)からはたまらぬ邪道に見られても不思議ではない。

以前東京で神田を友人とうろついた時も、小沼丹の短編集(極美本函入り)を見つけて
帰りの新幹線の切符代の心配も頭から吹き飛んでしまい
気がついたら本を手にとって得意顔ということもあった。
そのときは何とか人の迷惑顔を見ずに帰ることが出来たが、
どうにも頼み込まなければこの後が続かぬということも無いといえば嘘になる。


そこでこの『どうで死ぬ身の一踊り』、作者の西村賢太の私小説となるのだが、
読みながらなんとも辛い。というよりも身につまされると言ったほうがいいか?
真冬の芝公園で狂凍死したひとりの作家にとりつかれてしまい(とりついた、の方が近い)、
彼の墓前に作家の全集を編纂、出版することを誓う、まさに「何んのそのどうで死ぬ身の一踊り」である。
まあ話はそれを主題に進む(進まない)のであるが、
それをいいわけにして色んな事をしでかすというか逃げるというか、
その辺の真の無頼さとでも言おうか愚者ぶりがなんとも辛いのである。
もうなんていうか自分の行く末を見させられているようで泣きたくなる。

いったいに我が強く、不快を感じるといい年をしてそれがすぐ顔にも声にも出る私の甘ったれた性癖は~(後略)

もうここなんて思わず本を閉じてしまったほどである。

一つ違うのは度々一緒に住む女に手を上げて挙句出て行かれるのであるが
その暴力である。
かと言って自分が博愛主義の善人だと言いたいわけではない。
暴力が嫌いなのである。怖いのだ。
「殴った手が痛い事もある」から殴らないのではなく、
「殴った手が痛いだろうから殴らない」のである。
誠に卑怯千番で小さい人間だと我ながら情けなくてどうにかしてやりたいがそれも怖いからしない。
プレッシャーからは出来るだけ遠くにいたくて縮こまっている人生だ。



長々と書いてしまって何を言いたいのかというと、
そんなたまらなく辛い本だがそれでも最後まで読ませるほど面白いということである。


  

道草節



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路地・・・

路地いいよ路地

広い道よりよっぽど楽しい


     

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